曲名にもあるようにこの曲はだいぶtrickyになっています。一曲通して変わらないパターンはあるのですが、Benny Grebがそれを様々な方法で捉えることで色々な味が出ています。
まずこの曲の1セクションは、以下の3フレーズ(小節)によって構成されています。 5+5+5+5+5+5+3+3 (=36) 5+5+5+5+5+5+2+3+3 (=38) 5+5+5+5+3+3+2+3+3+3+3+3+3 (=46) Benny Grebは左足HHで八分を刻み続けることの多いドラマーなので各フレーズが十六分偶数個なのは納得です。5と2または3の関係性を上手く利用した分割ですね。4を基調にすると丁度割り切れてしまい、2:1の関係が様々な時間単位でどこまでも繰り返されることになりある意味聴き飽きた感じになってしまいます。こういう非フラクタル構造の音楽は普段よく聞く音楽とは違うセンスを孕んでいて勉強になります。
以下は、それぞれのセクションで彼がどのような取り方をしたのかを分析したものです。
セクション1
フレーズの導入部です。分割を一切行わないことで、2分割3分割を予想しているオーディエンスを混乱させます。3拍子、4拍子とも取りにくいので、どのような解釈がこの後なされるのだろうという期待感が高まります。ジングルの乗ったシンバルのショートディケイな音が"間"を作っていて良いですね。
セクション2
メロディが始まります。メロディのモチーフは1つのみで、パンニングを利用してメロディが複層に"ちぎられて"います。
楽譜には書きませんが、Benny Grebはいつも通り左足で八分HHを刻んでいます。右手の小型HHはまさかの4分の長さのリズム。この時点で5:4の節奏的ポリフォニーが始まっています。右足・左手のキック・スネアはフレーズを追っています。メロディはそこまで追いません。ここでグレイスノートを分析してわかるのは5が並ぶときの分割が3+2, 2+(2+1)の繰り返し、非同一であるということです。これが単純に偶数回目の5が八分の裏スタートであるからなのか、メロディの起伏に対して沿うようにした配慮なのかはわかりません。 セクション3
ここでメロディは終わり、元のフレーズのみになります。
右手は重ねシンバルでの四分に変わります。ジャリジャリ感がたまりません。ここでわかりやすいのは彼が四分を3フレーズ目で"リセット"していることです。そのまま打ち続けると八分の裏になってしまいますが、それを阻止しています。これはセクション1でも同じなのですが、こちらの方がそれが聞こえやすいですね。セクションが1・2と3の二つに大分されていることもここからうかがえます。 キック・スネアは少し忙しくなりますがフレーズを基調にしている点では同じです。ここのグレイスノートでで奇数回目の5が(1+2)+2であることがわかります。3を1+2と取るのは意外です。偶数回目の5とセットにしたときに(1+2)+2,2+(2+1)となって前後の1が上手く繋がるためかスムーズに聞こえます。 3フレーズ目(小節番号9)の中頃、5+5+5+5+3+3+2と来た後の分割が面白いですね。フレーズは3+3+3+3+3+3と続くはずなのですがそれを4+2+2+2+2+2+2+2としています。したがってこのフレーズの後半はメロディに対して2:3の関係に移行していることになります。キックの2が主旨のように思いますが、その2も三連に割られていますので、6:9と言えなくもないかもしれません。 実はこのセクションからコンガが向かって左方で鳴っています。元のテンポ(四分音符=毎分110)で聴いたときはスネアにトリガーをつけて鳴らしているのかと思ったのですが、Benny Grebがトリガーを使うところを見たことは一度もありません。半分以下の速度(上にある音源)に落としてよく聴いてみると、特にこのセクションの最後のところでそうではないことがわかります。スネアが明らかに鳴っていないのに、コンガの十六分が聞こえるのです。これはおそらく同じアルバムの"Couscous"と同様多重録音がなされているのだと思われます。Benny Greb本人が演奏したものなのかどうかはわかりませんが、かなり面白いことをしていますね。スネアのグレイスノートとは別の音色でグレイズノートを演奏したり、ただ単純に音を重ねて新たな音色としても使っています。 セクション4
声の厚みがベースのみに大きく減らされ、セクション4と5ではBenny Grebのための"遊び"が用意されています。
セクション2、3では彼一人でポリフォニックな表現(4:5など)をしていましたが、このセクションでは右手をタムのシェルに移しモノフォニックな表現に専念します。その代わりにシェイカーが向かって右方の登場。左足HHとともに4の感覚をキープしています。 まず一フレーズ目、5+5+5+5と来た場面。次は5+5+3+3と続くはずですが3+3+2+2+2+4あるいは3+3+2+2+3+3とも取れる分割をしています。これまでの最小単位である十六分を半分にした三十二分ではなくあえて三連符の細かさを採用することで十六分の枠組みを"乗り越える"感覚を演出しています。 二フレーズ目では、最初のスネアの位置が5で取ったときに2つ目になってしまいます。そこで手順に注目するとKRL,KLLというBenny Grebの十八番が最初に登場していることがわかります。これをもとに最初の6音を3+3と捉えて以下を順にみていくと、次が6で繰り返されていることがわかります。これによって、彼が考えていた分割が3+3+6+6+2+5+5+2+3+3であることが判明しました。元のフレーズの前半20=5+5+5+5であるところを20=3+3+6+6+2にしているわけです。つまりここで行われているのは5:6の"ズレ"を利用した表現なのです。筆者は大学時代にDavid Garibaldi(Tower Of Power)の教則本で習ったことを思い出しました。"Permutation Study"と呼ばれるこの学習は脳のスタミナをとてつもなく消費する内容でしたので、レッスンが近づくと心が重かったことを覚えています。 三フレーズ目もこの手順を利用して始まります。前回は20の入れ替えでしたが、今回は10の入れ替えです。5+5+5+5+3+3+2+3+3+3+3+3+3のフレーズ上で3+3+4+5+5+3+3+2+3+3+3+3+3+3としてフレージングしています。この数列を見てセクション2の楽譜を見に行ったあなたは鋭い!僕も同じことを考えました。Benny Grebはなんとメロディを(ドラム上で)歌っているのです。3,3という始まりはどこからともなく降ってきたものではなく、メロディで繰り返されるモチーフをもとにしたものなのです。4/4や3/4などであればほとんどのドラマーがメロディを叩けます。大学でいうと1学期目の期末テストくらいの感じです。しかしここまで複雑なメロディををこの拍子で歌えるドラマーはなかなかいないと思います。さすがに自ら作曲からとはいえ曲の理解が度を越えています。恐るべし、Benny Greb。 セクション5
ここもまだBenny Grebが"遊び"ます。
一フレーズ目はいったん落ち着きを取り戻します。声のフレーズ通りの5+5+5+5+5+5+3+3。前半を3+3+4捉えることもできそうなフレーズですが、スネアの位置から見るにこれは55にすり寄って言った形に聞こえます。 二フレーズ目、また歌います。5+5+5+5+5+5+2+3+3の上で、3+3+4+5+5+3+3+4+2+3+3としています。前半10を3+3+4とする入れ替えは前のフレーズと同様。注目は中盤の10です。フレーズに沿えば5+5となるところを3+3+4としています。セクション2の楽譜を見ていただければわかるのですが、これもメロディの動きに沿っているのです。 三フレーズ目でコンガが暴れだします。よく聞くと"切り貼り"のように聞こえるこのバッキングが、尖りに尖っています。二フレーズ目の中盤で匂わせた音数の少ないフレーズを使うBenny Grebに対し、コンガソロなのではないかと思うくらい複雑なことをしています。(音もボンゴっぽいのでラテン音楽における楽器構成の観点からしてもソロ的用途に適していますね。) Benny GrebはKから始める3にハマってしまっていますから、3+3+4+5+5+3+3+2+2+2+2+2+2と、最後の12を3+3+3+3ではなく3+3+3+3+3+3を2/3に縮小(150%に加速)しています。これによってより多くの3をぶち込めるわけですね。 セクション6・7
十八番の三連符で盛り上がり、セクション6に突入します。メロディが戻ってくる再現部です。ここで彼はセクション2と同じ様な4:5のリズムを使った複層構造に戻るのですが、今回はキック・スネアが5だけでなくメロディもなぞってきます。これは5の今までの分割とは異なる位置でグレイスノート、キック・スネアを鳴らしていることから判明します。
セクション6、三フレーズ目の後半、3+3+2+3+3+3+3+3+3の部分で彼は我が道を行きます。4+2+2+4+2+4+2+2+2+2で元のフレーズに沿ってはいるのですが、そのまま考えてしまうと3がエッグビートもどきになります。彼の普段のドラミングを聞くとエッグビートはそんなに使用しないので、4を分離して考えていたとする方が自然だと思います。 セクション7は彼のスゴみが全開です。4:5の感覚を維持しながらどれにも属さないメロディを拾う。エンディングに向かって音の数を増やしつつもクリーンさを保つ。Benny Grebっょぃ。。。 セクション8
最後までふつくしいドラミングです。重ねシンバルの四分音符がセクション3のドキドキ感を思い出させます。はるかに打数は多いのですが、クリーンさは変わりません。ここで聴いている私たちを楽しませているのは打数だけではなくむしろ明確に提示されたその構造であると僕は思います。
この曲は02:08しかありません。この内容の濃さゆえ、これ以上やると私たちの耳が疲れるのかもしれませんね。
これを即興的にできるBenny Grebはいったい何者なのでしょうか。それぞれの要素(例:複層構造、メロディを奏でること)一つ一つはそんなに難しいことではないのですが、これを同時にやるのは至難の業です。 YouTubeに別で録られたバージョンも上がっていますのでCD版を分析した後に聴いてみてください。この人の語彙力の多さ・曲理解の深さに感動させられます。
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